カテゴリー「17.独逸阿房列車」の記事

2012/10/21

快速独逸阿房列車 その3

快速阿房列車第3回目。
4日目から5日目のベルリンを辿る。

平成24年9月18日火曜日。
バンベルクを昼前のICEで発ち、いよいよドイツ連邦共和国の首都、ベルリンに向かう。
ベルリンまではおよそ4時間ほどの長旅である。

この列車では前回のドイツ旅行ではできなかったあることを実行することにする。
それは、車内でのお食事。
前回はビュッフェでおやつは食べたけれど、食事まではできなかった。
日本ではほぼ全滅した食堂車。是非体験したい。
ところが、座った座席はちょうどコンパートメントで、折りたたみのテーブルまである。
どうやら座席で注文すればこの場で食事がとれるらしい。
そこで、若くて愛想のいい車掌さんにメニューを持ってきてもらい、この場でいただくことにする。

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メニューを見てもよくわからないので、大体の大きさを聞いて、推測で注文。
注文を取るのも、配膳するのも車掌さんの仕事。なかなか忙しい。
でてきたのは大量のサラダと豆料理。チリコンカンとかいうやつ。
十分な量で、満足する。

さて、先は長い。ドイツの沿線風景は、日本のような起伏に乏しく、はっきり言えばつまらない。

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農家の庭先の椅子におじさんが座っている。
草原の中の一本道を歩いている男がいる。
どこに向かっているのか、その先で何をしに行くのか全く想像もつかない。
明るい、平和な、けだるい昼下がりの景色が続く。
その眠くなるような景色の中に、僕が名前も知らない、僕のことなんて想像にも出てこないような、全くの他人の一生が存在している。
そんなことをぼおっと思いながら、引き続きビールを飲みながら牧場の牛や人を眺める。

夕方、ベルリンに着く。
陽は傾きつつあるが、まだ十分に高い。
とりあえず、街の中心部にある、アレクサンダー広場というところを目指してみる。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

ベルリンはさすがに首都だけあって、賑やかだ。
のんびりした南ドイツとは大分雰囲気も違う。
ごちゃごちゃと、いろんな人や物が混じり合っている。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

我々はというと、例によってまずはじめにインフォメーションセンターを探すが、見当たらない。
どうも駅周辺は大規模な工事中で、あっちこっち道を掘り返していて、持参したガイドの地図とは既に違っているようだった。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

結局、市内地図は1ユーロで買うしかなかった。
ところで、ベルリンでは自転車がとても多く、ぶんぶん飛ばすクルマに混じってみんな乗っている。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

ドイツの田舎から北上してきた我々は、ベルリンの雰囲気にはにわかに馴染めず、目の前の人やクルマを眺めるだけ。
日も暮れてきた。
我々は、本格的な市内観光は明日に始めることにして、近郊電車で20分ほどかかる宿に向かうことにした。
翌日は、ベルリンと言えばの、壁を見に行く予定だ。

宿は駅からけっこう離れていて、チェックインの頃には既に暗くなっていた。

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2012/10/10

快速独逸阿房列車 その2

快速独逸阿房列車第2回目。
3日目から4日目のシュツットガルトからバンベルクまでを辿る。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /シュツットガルト中央駅


平成24年9月17日月曜日。
シュツットガルト中央駅発10:07のICEに乗り、ニュルンベルクで別のICEに乗り換え、バンベルク中央駅着は13:52。
とりあえず観光案内所で地図を手に入れるところから始めなければならない。
見渡すと、それらしき小屋があり、窓口から男が身を乗り出して外を眺めている。
暇をもてあまし、観光客を今か今かと待ち受けている様子にも見える。
「アロッ、地図ありますか?」
「ノーッ!」
そう言って男は自信満々の態度で別の方向を指差す。
…。
なんだよ。無いのかよ。
どうやらそこは観光客向けのインフォメーションセンターではなかったらしい。
初めてやってくる観光客に誤解を与えるような態度は厳に慎んで頂きたい。

宿のチェックインにはまだ早かったが、チェックインさせてもらって荷物を下ろす。
さあ、いよいよ街歩きだ。
シュツットガルトでは兄夫婦が一緒だったので何でもやってもらえたが、我々の旅はここからが本番といえる。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /バンベルク市街

バンベルクの街は古く、旧市街には中世の建物が現存する。
僕の頭の中には、本で見た、丘らしき高台からベンガラ色の屋根が折り重なるような旧市街を見下ろした写真が印象に残っており、その場所を目指し、坂を上ってゆく。
その本は、前回ドイツに行くときに購入した、世界遺産を紹介する薄い静かな本だった。

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それほど広くない旧市街に、目的の場所を見つけるのに時間はそうかからなかった。
まさに、ここだ。

翌朝8時頃、散歩に出かける。
外は寒く、吐く息が白い。

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ドイツでは極力ひとつの街に2泊連泊するようなスケジュールにしていたけれど、ここではその後の日程の都合から、1泊しかできない。
それほど注目を集める見所がある訳でもないが、名残惜しい。

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ここバンベルクも、前回訪れたシュパイヤという街も、さっきの世界遺産を紹介する本で見つけた街だ。
おいしい料理を紹介するでも、名産を紹介するでもなく、淡々と街並みを紹介するだけの本だけど、バンベルクもシュパイヤも、とてもい印象だ。
この本の紹介する場所に、間違いはないようだ。
間違いがないというよりも、我々の好みに合っているというだけなのだろうけれど。

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世間さまは火曜日の朝。
みんな出勤だ。

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お店も開店の支度。

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そんな平日のさなか、我々は旅を続ける。
これを書いている今は日常の真っただ中だが、バンベルクにいた当時そこにあった非日常は、まだまだ続いた。

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2012/10/06

快速独逸阿房列車 その1

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /フランクフルト国際空港駅

前回の独逸阿房列車はそのあまりの低速ぶりから発車後3年かかってもいまだ目的地には達せず、後続列車の追突の恐れから運行を中止し、再開の目処は全く立っていない。
その前回の反省から、今回の阿房列車は快速運行とすることが決まった。

その第一回目は、1日目から2日目までの成田~シュツットガルトまでを辿る。
快速で。

平成24年9月15日土曜日。
午前のANAでフランクフルト国際空港へ。
片道約12時間の長旅だ。
ドイツのでの列車は前回と同様1等車にふんぞり返るのだが、不慣れな空の旅となれば3等の小さな座席で大人しくせざるを得ない。
前回も書いたが、僕は窓から見える地上の眺めが大好きで、眺め続けて飽きることがない。

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左は福島県と新潟県の県境にある奥只見湖。
右は佐渡島。

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大陸の上空に至ると、それはもう摩訶不思議な地形が多く見られるようになってくる。
左は複雑に入り組んだ川?凍土?右はアコギ湖。

とにかく眺めは楽しいし、機内食はおいしいし、飛行機は勝手に飛んでくれるし、まあ座席が狭いのは辛いけど、僕に不満はない。
もちろんこれは幸い窓際の席が取れたからだけど。
フランクフルトについても同じ日の夕方。まだ陽は高い。
今回の最初の目的地は兄の住むシュツットガルト。
ポルシェとメルセデスの本社のある街だ。

翌日、兄に連れられ、クルマでポルシェの本拠地へ乗り込む。

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D-LUX3 /ポルシェミュージアム

兄はもう何度も足を運んだであろうポルシェ博物館。
ここでポルシェの歴史のうわべだけをさくっとなぞる。

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本社工場&ショールーム。
日曜なのに開いていたので、遠慮なく冷やかさせていただく。
広大なその中は、当然だけどあっちもポルシェ、こっちもポルシェ。
新潟のディーラーには2台しかないのに。
こんなにたくさん置いてあるんだから、僕にも買えるのが1台くらいあるんじゃないかという気になってくる。
ちょうどカッコいいのが数台いたので、お土産に3台ほど包んでもらおうと思ったけれど、財布には50ユーロ程しかなかったので断念。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /シュツットガルト市街

午後は電車で市街のマーケットへ。
ちょうど年に2回の大規模なフリーマーケットをやっていて、古物商やら一般人やらが皆店開きしてごった返している。
ちなみに兄はここで中古の歩行者用信号機を買っている

スリに気をつけながらM2で写真を撮っていると、古道具を売っていたお兄さんがちょっとちょっと、という感じで寄ってきて、なんか喋る。
ちょっとカメラ見せて、と言っているらしい。
盗られるのかと思った…。
とりあえずなんて言ってよいのかわからないので「エムトゥー!」と言っておく。

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D-LUX3 /シュツットガルト市街

しばらくしてまた別な爺ちゃんがM2を指差して話しかけてくる。
完全にドイツ語で独り言のように喋るだけ喋ると、満足そうに去っていった。
ドイツといえども、ライカに興味を示すのは古道具屋、年寄りと圧倒的にマイノリティなのである。
カメラを持ち歩いている観光客はとても多いが、そのほとんどはキヤノンかナイコン。
とくにEOSは売れてるんだなあ!!という印象。
あっちもEOS、そっちもEOS、あ、こっちはニコンだ。って感じだ。
オリンパスらしきミラーレスはドイツでも女の子に人気の様子。
マニアックなやつはペンタックスとか。

夜は肉をたくさん食べて満足し、翌日は次の目的地、バンベルクを目指す。

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2012/09/14

独逸阿房列車運行中止のお知らせ。

3年前から細々と運行を続けており、最近ではほぼ停止状態だった独逸阿房列車は、後続列車からの追突の恐れが生じたため、運行を取りやめることとなりました。

後続列車は、明日運行開始予定です。

という訳で、再びドイツへ行ってきます。
僕のM2は1962年製なので、ビートルズと同じく、今年はちょうど50周年記念になります。
M2、50歳にして里帰り。

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2011/05/29

独逸阿房列車 本編9

平成21年9月26日。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

朝、妻の伯母さんのクルマに乗せてもらい、サンカントネール公園へ行く。
目的は、犬の散歩である。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ブリュッセル市街

ここには凱旋門をはじめ、軍事博物館などもある広大な公園なのだそうだが、時間も早いし、今回の目的はなにより犬を散歩させることなのだから、芝生の上を散歩するだけである。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

大きく立派な公園ではあるが、地元の人々にとっては当然普通の公園。
我々と同じように犬を散歩させる人もいれば、ジョギングをする人もいる。
すがすがしい秋の休日の朝。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

散歩の帰り道に寄ったところは、市内の八百屋。
見たこともないような野菜や果物がたくさん並んでいる。
売り子のお姉さんは、どこか東洋的な感じのする不思議な美人だった。

さて、この日はまた地下鉄に乗って、今度はジュ・ド・バル広場というところの蚤の市に行く。
蚤の市はけっこう楽しみにしていたのだ。
いつも通り道に迷いつつ、それらしき広場へ。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

良く言えば、気取らない親しみやすい品ぞろえ、悪くというか、普通に言えばガラクタが所狭しと並んでいる。
よく見れば面白いものもあるかもしれないけど、ぱっと見、こんなの押し入れから出してきたかその辺で拾ってきたんじゃないの、というようなものが多い。
けれども、みんなそれらのガラクタのなかにもそれぞれいいものを見つけているらしく、楽しそうに品定めをしている。
我々はというと、これまでの外国人観光客の多い場所から、一気に街の深いところに来たような感じがし、知らないうちに緊張していた。
人混みの中を歩いていると、すれ違う人やってくる人が、みんなスリの一団のような気がしてきた。
疲れていたのかもしれないし、ベルギーに着いて以来、それまで慣れてきたドイツとの違和感に無意識のうちにストレスを感じていたのかもしれない。
それでもなんとか楽しもうと、M6を構えた。
「ノーフォト!!」
向こうから声がかかった。
向こうで店番をしているおっさんがこっちをを見ている。
なんだかおっかなそうな顔をしているぞ。
このことが決定的に僕の気分を萎えさせ、我々は蚤の市の物色もそこそこに、ジュ・ド・バル広場を後にした。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

こうなると、萎えた気持ちはなかなか治らない。
心躍るような景色は目の前に広がっているはずなのに、ただ歩いているだけだった。
思えばベルギーに来て最初の駅員とのコミュニケーションで断固拒否され、それでベルギーの印象は固まってしまったのかも知れない。
ドイツより道に迷う気がするし、伯父さんの家族以外、ベルギーの人とも話していない気がする。
ドイツに入って以来9日め。
人生初の海外旅行だ、何かと緊張することが続き、疲れが出ていたのだろう。

日差しが強く、暑い。
休み休み通りを歩き、王宮を目指す。
王宮は広く、静かだった。
それ以外の印象は、特になかった。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

近くの公園に入り、木陰のベンチに腰を下ろす。
学生が遊んで騒いでいる。
ベンチに腰掛けアコーディオンを弾く人、本を読む人、運動する人、散歩する人。
いろんな人の休日の日常がある。
そんな中に、我々は遠くからはるばるやってきて、日常のようにここで時間を過ごしている。
日蔭の涼しい風に吹かれていると、疲れも取れてきた。
旅行はもう終盤だが、いろんなところを通り、いろんなことを経て、今ベルギーなんてところにいる。
素晴らしく楽しいことじゃないか。
まだ帰国するまで、いろんなことがあるに違いないぞ。

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独逸阿房列車 本編8

平成21年9月25日。

地下鉄に乗り、ブリュッセル中央駅に向かう。
前日に取らせてもらえなかった、ICEの指定席を何としても取らねばならない。
ブリュッセルの地下鉄は、というか外国の地下鉄はどこもそうなのかも知れないが、雑然とした雰囲気で、必ずしも治安がよくなさそうな感じがする。
背後に気をつけながら、M6を懐に隠す。
さて、ICEの指定券だ。
昨日はブリュッセル南駅での購入に失敗した。
今日はブリュッセル中央駅で挑戦だ。
ああ言われたらこう言おう、こう言われたらああ言おう、と頭の中で予行練習を繰り返す。
ベルギー人に何と言われようが、絶対にひるまないぞ。

果たして、指定券はあっけなく取ることができた。
昨日あんなに頑なに取らせてくれなかったのはいったい何だったのだろう。
あのおばちゃんがかなり意地悪だったのか、必要以上に親切だったのかのどちらかなのだろう。
とりあえず無事に取れたのだから、あとは気ままに観光できる。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ブリュッセル市街

向かうのはグラン‐プラスという中央広場。
一見してドイツより風景がきらびやかだ。
そこらじゅうにお城のような建物がひしめき合っている。
露店では絵が売られ、教会のそばには花束とリボンで飾られたBMWが停めてある。結婚式だ。
ベルギーはレースの織物が名産らしく、たくさん売っている。
本当に上等なものはすごく高価なのだろうが、お土産的にはお手頃な物もある。
あと有名なものはチョコレートか。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

人混みに流されるようにして歩いていると、いつの間にか有名な小便小僧のところまでやってきた。
遠足に来ていた子どもたちは、首から監視カメラをぶら下げた小便小僧を前に大はしゃぎしている。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

ただでさえ方向音痴な僕のことである、あちこちの小路に入り込むうちにすっかりどこを歩いているのか分からなくなった。
けれども、なんとなくでもいっていい方向と悪い方向はわかる。
それなら、あまり地図を気にせず、時間が許す限りめくらめっぽうに彷徨うのもいいだろう。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

ふと視界が開けると、聞き覚えのある歌が聞こえてきた。
ビートルズのレディ・マドンナだ。
歌の聞こえるほうに歩いてゆくと、立派な髭を蓄えた爺さんが弾き語っていた。
かなりうまい。
ギター1本アンプに繋ぎ、気持ち良さそうにうたっている。
レディマドンナを歌い終えると、彼は「ビートルズ、フォーエバー!」と言った。

さて、歩き疲れてきた。
そろそろ帰ろう。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ブリュッセル市街

マンションの近くの公園では、日本と変わりない、普通の夕方の風景。
外国にいるのに、夕飯のカレーや他味噌汁やらの匂いが漂ってきそうな気がする。
いや、もしかすると、いまこうして日本で当時を思い出しながら書いているからそう思うだけであり、その場にいた当時はそんなこと思わなかったかもしれない。
感覚の記憶なんて、時間が経てばいいように変わってしまう。
当てになんかならない。

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2011/03/27

独逸阿房列車 本編7(後半)

前回の運行から早1年以上が過ぎた。旅行からは1年半が経ってしまっている。
僕は朧気になった線路をふわふわと辿りながら、独逸阿房列車を運行していかなくてはならない。
始発から終着まで通しでご乗車になるお客さまはいないだろうが、列車は途中で運転打ち切りという訳にはいかないのだ。

平成21年9月24日(続き)。

予定より遅れて夕方のブリュッセル南駅に降り立った我々は、帰りの列車の指定券を取ろうと、切符売り場を探す。
混み合った構内でようやく切符売り場を探し、窓口の列に並ぶ。
窓口の係員はおばちゃんだ。
ICEのパンフを手に取り、この便の指定券をブリュッセル南駅からフランクフルトまで取りたい、と僕は片言の英語で伝える。
するとおばちゃんは意外なことを口にした。
「その必要はない」
指定席がある列車で指定券を取りたいと言っているのに、その必要はないとは何事か。
耳を疑ったが、確かに「@:\%>,:;ドントハフト~:+?><m」と言っている。
僕は再び同じ内容を伝える。
僕にはそんなに表現の幅はないから、おばちゃんは、また同じこといってるわ、仕方のない外人ね、と思ったかもしれない。
だが僕も間違ったことは言っていない。この列車の指定券は存在し、僕は対価を払ってそれを購入しようとしているだけなのだ。
おばちゃんは、パンフの「始発:ブリュッセル南駅」のところに蛍光ペンでぐるぐると印をつけながら、再び説明を始めた。
さっきよりも語気が荒いように思える。
どうやらおばちゃんは「この列車はここブリュッセル南駅が始発である。始発なのだから、指定席を取る必要がどこにあろうか(いや、ない)」ということを言っているらしかった。
理屈はわからなくもない。
しかし、それだって座れる保証などどこにもないから、僕は予め指定しようというのだ。
おばちゃんの頑なな対応に僕は、こんな得体の知れない東洋人に1等車の指定券なんて売れないわ!なんて思っているんじゃないのか、と考えた。
「ば、バット…」
うまく指定券の必要性を訴えようとしたが、悔しいことに言葉が出てこないし、おばちゃんはもはや聞く耳を持っていない。
後ろには他のお客さんが並んで待っている。
僕は仕方なく明日出直すことに決め、「お、OK、I see」と言うのがやっとだった。
僕がそう言うと、おばちゃんは初めてニコリとし、「メルシー」と言った。
その笑顔の裏に、僕はとても冷たいものを見たような気がしたが、僕の気のせいだったかもしれない。
とにかくこの一件で、僕のベルギーに対する第一印象は悪いものとなった。
公用語がフランス語というのも気に食わない。気取りやがって。

立腹しながら駅を後にし、今度はブリュッセルでの数泊の宿泊先となる、妻の伯父さんの家を探さなければならない。
伯父さんはここブリュッセルで日本料理のレストランを経営している。
場所はEU本部のすぐ近く。
道がわからず人に訊ねながら、なんとかレストランに辿りついた。
遠い異国の地での日本人、ましてや縁者というのは心強い。
ビールで喉をうるおし、すぐ近くのマンションに案内される。
ここがブリュッセルでの拠点となる。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ブリュッセル市街

ビルの8階あたりの伯父さんの家の窓からは、ブリュッセルの市街が一望できる。
印象の悪いブリュッセルだが、ベンガラ色の連なる家々の眺めには心躍る。
視線を落とせば、いい感じの路地裏が。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ブリュッセル市街

薄暗い中にきれいな色のminiがちょこんと佇む。

夕飯はありがたいことに、伯父さんのレストランでとらせていただく。
初対面の伯父さん達を前にやや緊張しつつも、久しぶりに食べるスシはうまかった。
寝床に入り、僕はほっとしつつも、明日、駅の窓口で何と言ってやろうか、どう指定券の必要性を喝破してやろうか、こっちの表現よりこっちの方がいいかな、などと英作文のテストに取り組むように、頭の中のペラペラの英和辞典を一所懸命めくっていた。

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2010/03/07

独逸阿房列車 本編7(前半)

独逸阿房列車もようやく後半。
だが相変わらずその歩みは遅い。

平成21年9月24日。

この日はいよいよドイツを離れる。
次に目指すは隣国のベルギー王国だ。
ハイデルベルクからフランクフルトまではICで小一時間。
乗った列車は空いていて、初めてのコンパートメント(6人部屋)を占拠することができた。
やはりヨーロッパの列車を利用するからには、一度コンパートメントに乗ってみたいもの。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /フランクフルト中央駅

フランクフルトでは少し待ち時間があるので、ホームで行き交う人々を眺めたり、電車の写真を撮ったりして過ごす。
次に乗る列車もまだ入線してこない。
行き交う人たちを眺めていると、みなそれぞれ行き先を持っている。
両親に見送られ、息子が列車に乗り込む。
仲の良い友達を見送っているのか、涙を流して別れを惜しんでいるおばさんがいる。
ベンチに座ってそばで眺めていると、おばさんもちょっと照れたのか、
「あなたたちもこの列車に乗るの?」
と涙を拭きながら聞いてきた。
彼女は列車が発車してホームから見えなくなるまで、ずっと涙を拭いながら見送っていた。
そして列車がすっかり見えなくなると、吹っ切れたような面持ちで、足早にホームを去っていった。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ハイデルベルク市街

次に我々が乗る列車は、ブリュッセル行きのICE14便である。
この列車は二つの編成が併結されていて、もうひとつの編成はアムステルダムまで行くらしい。
ここフランクフルトは始発駅であるので、余裕で座れるだろうと高をくくっていたのだが、1等車は空いてはいるが、どの席にも予約済みの表示が出ている。
そのほとんどがケルン~ブリュッセル間だ。
そして、他の席には「ggf. freigeben」との表示が出ていて、座っていいのか悪いのかよく判らない。
仕方がないので、早々に1等席をあきらめ、妻が2等席を確保している間、もう一度1等席をよく調べることにした。
どの席にも表示が出ていて、通路では空席を探す人々が右往左往している。
もう1等席はどうでもいいのだが、「ggf. freigeben」の表示の意味が分からず、歯がゆい。
立派な髭を蓄えた老紳士がいたので、この表示の意味を聞いてみる。
すると紳士は、すごく困ったような表情をして、ため息のような声を漏らした。
僕の質問を嫌がっているのではなく、この英語も覚束ないような東洋人にどう説明したらいいか、言葉を選んでいる様子だった。
「フィフティフィフティ」
少しの間をおいて、紳士は言った。
その後も言葉を続けていろいろ説明してくれたのだが、心なしか彼の言葉はフランス語が混じったような英語だったので、何を言っているのかはよく判らなかった。
まあおそらくフランス語が混じっていなくとも判らなかっただろうけれど。
とにかく、「予約になることもあれば予約にならないこともある」ということは確認した。
こんな曖昧な席はご免だ。
予約になるか分からないなら座っちゃお、という度胸も僕にはないので、僕は紳士にお礼を言ってすごすごと2等席に引き返した。
しかし謎はなお残る。
自分たちの座っている席にはなんの表示もないので空席なのは明らかだが、辺りを見回すと、「bahn confort」の表示がでている席がある。
空席はたくさんあるのに、無表示の席が非常に少なく、「ggf.freigeben」やら「bahn confort」など、不可解な表示の出ている席がやたらと多い。
いったいどんな座席指定のシステムになっているのだろうか。
モヤモヤするので、検札に来た車掌さんに、「bahn confort」の表示を指さしながら聞いてみた。
車掌さんは懇切丁寧に教えてくれたが、残念ながらまたしても意味はほとんど判らなかった。
しかし、横で聞いていた妻の聞き取りにより、何らかの優先席であることはわかった。
いずれにせよ、座らないのが無難な席であるようだ。

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D-LUX3 /フランクフルト~ブリュッセル ICE内

とりあえず席は確保できたので、ビールを飲みながらハイデルベルクで買ったサラミの残りを食べる。
ビールは温いが、列車の中で飲むビールはおいしい。

ケルンに着くと、大勢乗ってきた。
みんな大きなリュックを背負い、手には水の入ったペットボトルを持っている。
通路が空席を探す人で溢れかえり、にわかに騒々しくなった。
窓の外に見える文字がドイツ語からフランス語に変わり、ベルギー国内に入ったことを知る。
運行時刻がなかなか正確だったICEだったが、ベルギーに入った途端、遅れ始めた。
大きな都市に入り列車が減速するたびに、終着のブリュッセルに着いたかと思えば、ノロノロと徐行し一向に駅に着かない。
30分ほどは遅れただろうか、目的地のブリュッセル南駅に着き、混み合った車両から吐き出されるように我々はホームに降りた。

さて、フランクフルトからブリュッセルの間は非常に混み合うことが分かった。
帰りも同じ経路を通るので、まずは帰りの座席を確保しようと、我々は切符売り場を探した。

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2010/02/18

独逸阿房列車 本編6

平成21年9月23日。

ハイデルベルクの喧騒から逃れるように、我々はシュパイヤという小さな街に向かう。
あまりガイドブック等では見掛けない、地味な街だ。
S-Bahnという近郊列車で50分ほどの距離。
住民の足として使われるような普通列車であるため、結構混み合っているが、列車の端っこのドアで仕切られた一角には1等席が用意されている。
さすがにこんな近距離で1等席を利用する客は少ないので、我々は悠々と座ることができる。
途中から、革ジャンを着た少年が1等席に乗ってきた。
人を外見で判断するのはあまり良くないのだが、ちょっと1等席には似つかわしくない風体である。素行もあまりよくなさそうな雰囲気だ。
ちらちらこっちを見ている気もしなくもない。
こちらが見慣れぬアジア人だからかもしれないが、気になる。
車内は次第に空いて来て、ドアで仕切られた1等席の室内には我々と少年だけになってしまった。
ドアはガラスで見通しが利くとはいえ、内心警戒せずにはいられない。
万一のことがあったら、僕はいかに自分と妻の身を守ろうか、などと心配をしつつ一人で息詰まる車内を勝手に過ごしているうちに、無事にシュパイヤに着いた。

小さな駅を後に、街の中心部にあるらしい大聖堂を目指す。
歩いてゆくにもちょうどいいくらいの距離のようだ。
街の規模は小さく、落ち着けそうな街でほっとする。
大聖堂に向かって写真を撮っていると、親切なおばさんが写真を撮ってあげるわよ、と声をかけてきてくれた。
絞り込んで、適当に距離を合わせてからM6を渡す。
おばさんは「ちゃんと撮れてるといいんだけど…」と言いながらカメラを返してくれた。
お礼を言って別れる。
この時撮ってもらった写真は、旅行らしい風景を背に二人並んで撮った貴重な写真となり、年賀状などに活用されることになった。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /シュパイヤ大聖堂内

大聖堂には誰でも勝手に入ってよいらしく、静かに入ってみる。
ちょうど礼拝が行われようとしていた。
誰がお参りに来た人で、誰が観光客なのかよくわからない。
何人かが前に出てきて、詩を朗読したり、笛を吹いたりするのをぼんやり眺める。
何を言っているのか分からないが、みんな神妙にそれを聞いている。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /シュパイヤ大聖堂内

僕の実家には仏壇があり、僕にとって洋風な宗教との関わりは、クリスマスケーキや人の結婚式の時くらいなものだったが、建物内の雰囲気や、笛の音、詩の調べといったものの持つ、なんとなく有り難いような、荘厳な雰囲気は、宗教の東西を問わず共通なところがあるのかもしれない、と思った。
しかし、本当に共通なのはそういったハード的なものではなく、何かを信じないとやってられない人々の心の方の、ソフト的なものなんだろうと思った。
昔から今まで、これからもずっと。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /シュパイヤ市街

大聖堂近くの売店で、恒例のピンバッジ(これが今回のお土産の主力である)を買い、古本屋のようなアンティーク屋では、父へのお土産の古い百科事典の切れ端を買った。
通りのテラスででっかいハンバーガーをビールを飲みながら食べていると、たくさん歩いたのと、暑いのとで疲れが出てきた。
家を出てから1週間近くが経ち、毎日歩きづめで、疲れが溜まりつつあるのかも知れない。
ぼーっと通りを眺めていると、恰幅の良いおっさんもおばさんも、みんなでかいアイスクリームをほおばっている。
みんな甘くて大きいものが大好きだ。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /シュパイヤ市街

物乞いのおばさんが僕らの席のところにやってきた。
僕が最も苦手とするものだ。
あれこれ考えると、なにも反応できなくなるから、機械的に、条件反射的に、あっち行け、と言う。
こういうときには何も考えずにこう言おうと、決めてきたのだ。
彼女は何度かプリーズ、とか何とか言ったように思えたが、すぐにどこかへ行ってしまった。
ある店の前では、体を痙攣させた青年が施しを乞うている。
眺めていると、彼は、人が自分の前を通った時のみ発症する障害を持っているらしいことが分かった。

駅まで戻ると、遠足帰りの小学生でごった返していた。
ふざける子、集団からすこし距離を置く子、我々に興味を示す子、いろんな子供がいる。
帰りの列車でも、1等席のおかげで我々は座ることができた。
僕はふと、こんな特権的な旅行をしていていいのかしら、と思ったが、何のことはない、たかが電車の座席のことである。
僕はいろいろ考えるのをやめた。

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M6 /Planar T*50mmF2 /Kodak Gold100 /ハイデルベルク市街

ハイデルベルクに戻ると、相変わらず街は賑やかだ。
ドイツではちょうどそのころ総選挙の真っ最中であり、ニュースでもその話題で持ち切りだった。

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2010/02/15

独逸阿房列車 本編5(後半)

独逸阿房列車は各駅停車であるからその歩みは遅い。
まだ先は長いですが、もうしばらくお付き合いいただきます。

平成21年9月22日(続き)。

この列車には残念ながら食堂車はついていないが、「BordBistro」というビュッフェ車両が連結されている。
せっかくの鉄道旅行、車窓を楽しみながらの食事もやってみたいものだ。
日本では食堂車など、絶滅危惧されている。

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D-LUX3 /ザルツブルク~ハイデルベルクEC内

ビュッフェでは、飲み物の注文を取りに1等車内を廻っていた小柄な男の乗務員が忙しそうに働いている。
席に飲み物を届け、ビュッフェも切り盛りするのでは大変だろう。
あまり愛想がなく、その表情から忙しさが伝わってくる。
昔の街角のタバコ屋のようなカウンターで注文すると、軽食がサッと出てくる。
食堂車に比べれば趣に欠けるが、けだるい午後の明るい日差しのなか、車窓をぼんやり眺めながら食べるおやつは贅沢だ。
コーヒーは濃いのがなみなみ、チョコレートマフィンは甘くて大きい。
ベンツで有名な工業都市シュトゥットガルトに近づいてくると、だいぶ車窓も都会的になってきて、貨物列車やICE、ECなどと頻繁にすれ違う。
14:45ハイデルベルクに到着。
ホームに降り立ち、これまで乗ってきた車両にカメラを向けていると、BordBistroの車内からさっきの乗務員が手を振ってくれた。
こういう瞬間、旅の一期一会を強く意識する。
僕は彼と再会することは、二度とない。

ハイデルベルクは大学の街だけあって、どことなく街が若々しく華やいでいて賑やかだ。
ホテルに着くと、いままでのホテルとは様子が異なる。
玄関のドアがいくつか並んでいて、まるで普通の集合住宅のよう。
適当にドアを開けてみようとしても、鍵がかかっていて開かない。
エントランスと小さく書いているドアを見つけ、恐る恐る入って声をかけると、普通の客と区別がつかないような女性が出てきた。
小さな紙に名前を書かされ、なにか説明されて鍵を渡される。
僕はほんとにこの人はホテルの人なんだろうか、怪しいもんだぞ、なんて考えながら聞いていたのでよく聞き取れない。
この鍵で入れ、朝食はそこの部屋だ、とかなんとか言ったのだろう。
指定された玄関のドアを開けると、そこはもういきなり部屋。
玄関も何もなく、いきなりベッドやらテーブルやらが置いてある。
ドアを開けるとそこはリビングだった、という感じでどうも落ち着かない。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ハイデルベルク市街

旧市街に向かって歩き、有名な川に沿って歩き、有名な橋を眺め、有名なお城を遠くに眺める。
名前はわからないが、有名なものなのだ。

ハイデルベルクに着いたばかりのこの街に対する印象はとてもよかった。
駅の階段ではお婆さんの荷物を運んであげているビジネスマンを見掛けたし、ツーリストインフォの印象もよかった。
街の活気に、この街もきっといいところだぞ!また楽しいことがあるぞ!と思った。
けれども、歩いているうちに、我々はどこか違和感を抱くようになった。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ハイデルベルク市街

その違和感がどこから来るものかはよく分からなかった。
たまたま疲れていたからかもしれない。
けれども、どうも気分が乗らないのだ。
これは、全く勝手な、てんで見当はずれな、思い込みによる感想にすぎないかもしれないが、学生の街であることに関係するのかも知れないと思った。
学生の若々しい活気、その反面、若者の粗雑さ、猥雑さなんかも同居しているような気がする街、そんな印象を持ってしまった。
学生の街、なんて聞いていなかったらそんな印象を持つこともなかったのかも知れない。
全くこちらの勝手な印象だ。
この街にはなにも学生だけが、若者だけがいるわけではない。
しかし、我々がともにどこか居心地の悪い違和感をもったのは、我々にとっての事実である。

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M6 /Planar T*50mmF2 /DNP CENTURIA400 /ハイデルベルク市街

ちょっと疲れが出てきたのだろうか。
夕食を食べねばならないが、テンションの下がった我々は得意のお籠り作戦を取ることにした。
ホテルの近くにはスーパーマーケットがあった。
ホテルの部屋にはキッチンが備えてあり、食器も一通りそろっていた。
我々はスーパーで食材を買って、ホテルに戻って何か料理を作って食べることにした。
ちょっとした外国生活気分も悪くないではないか。

翌日もハイデルベルク市街を中心に見て回ることを予定していたが、我々は予定を変更し、翌日はハイデルベルクを離れることにした。

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