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2013/11/18

ポール以前、マッカートニー以後

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ポール・マッカートニーが日本へ来るというので、当然見に行った。
当然とは言うものの、見に行くにはチケットが必要で、そのチケットは抽選だった。
はじめは東京公演に応募した。
厳正なる抽選の結果、「残念ながらチケットをご用意することはできませんでした」というメールが来た。
まあ仕方がない。
次に最終先行予約というやつで、もう一度東京公演に応募した。
再度前回と同じ内容のメールが来た。
残念だが仕方がない。ネット上ではファンのブログなどで当選の報告が見られるようになった。
もともと、前回日本に来た時には、実際に見に行ける人は極限られた人で、自分がそのなかに入るという現実感というものが全くなかった。
今回もたまたま応募しただけで、実際に行けるという期待感は、宝くじを買うのと似て、薄かった。

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その後、大阪公演も決まったという。
応募するのは簡単なのでこちらも応募した。
結果は同様。
さすがに3度目となると悔しい。
就職の選考に漏れたときにも何度となく受け取ったが、この落選のお知らせというものは、当事者の切迫感と比べてあまりにも温度差があり、何とも冷たい。
まあ、この手のお知らせは事実のみを伝えれば用は足りるのであって、変に温かい文体でも不自然ではあるのだが。
ただ、こちらも悔しいとなると、チケットを手にした人に対して嫉妬心も生まれてくる。
しかし、もし本当に手に入れたいのであれば、方法は他にもたくさんある。
エクストラの料金を払い、チケットと宿泊がセットになったツアーも用意されている。
日々のこまめな情報収集を行い、他のプレイガイド、ポール公式HPなどから応募する方法を探すこともできたはずだ。
ファンクラブに入り、そっち経由の方法もあるだろう。
要は、僕の努力が足りなかったというだけだ。

そんななか、一緒に応募していた友人が大阪公演に当たった。
これはもう、幸運というほかなかった。
こうして、僕が14歳の時にビートルズと出会い、好きになって以来20年目という節目に、ありがたいことに、本当に幸運なことに、ポール・マッカートニーを実際に体感できることになった。

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「百聞は一見に如かず」
「聞」ということに関しては、この20年間、ほとんど毎日彼の声は耳に入れてきたはずである。
毎日というのが大袈裟なら、5日に4日は聞いている。
すると、365日×20年×4/5=5,840日は聞いている計算になる。
「見」ということに関しても、今でこそYouTubeという信じられないほど便利なものがあるが、昔はビデオに撮ったなんかの特番やライブの同じ場面を、何度も何度も繰り返し見たものだ。

しかし、過去の自分には誠に申し訳ないが、実際に「体感」するのは、「百聞」も「一見」も遥かに超えていた。
S席とは言えステージは遥かに遠かった。
肉眼ではポールの表情を読み取ることはできない。
だが、それでもポールは同じ会場にいて歌い、ヘフナー・500/1ベースを、ギブソン・レスポールを、エピフォン・カジノを弾き、我々に向かって語りかけたのだ。

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世界中に無数にいる一ファンのありがちな思いに過ぎないが、この体験は自分の人生のなかの大きな画期のひとつであり、あまりにも幸福な時間のひとつであることは間違いなく、平成25年11月12日を境に、それ以後の僕は、「ポール後」の僕になってしまったのである。

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コメント

興奮冷めやらぬ文章、といった印象で、私の周りでもそうですが、この来日公演の話題でいっぱいです。
それだけファンが多く、愛され、研究され、…ファンの心理はいろいろだと思いますが、やはり「生」が違うのは、どんなミュージシャンであろうと、ファンには同じ体験だと思います。

私などは恐縮すぎて、ビートルズのファンなどとは口が裂けてもいえない、一応聴いている程度の不埒な輩ですが、brixさんが聴いてらっしゃる頻度まではいかずとも、例えばスティーリー・ダンなんかは日常的に聴いているし、彼らはレコーディングに全精力を傾けるタイプで、長年ライブをやっていませんでした。
それに、私が聴きはじめた頃には活動もなかった。
彼らが2000年に再結成で来日公演をやったとき、チケットも割と簡単にとれたこともあり、期待というよりは、多分これが生で観れる最後だろうし、記念に、という感じでした。

しかし、生は「圧倒的」だった。
数日間は形容できない、言葉にならなかったです。

だから、brixさんのお気持ちがわかるとは言えないけれど(なぜなら、事前の期待値も思い入れも違うから)それでも、私も同じような経験をしました。
あれ以前と「以後」では、聴こえてくるものが違うから。

長文失礼しました。後日談などあれば、楽しみにしています。

投稿: roro | 2013/11/22 21:17

roroさんご無沙汰しておりました。
『生は「圧倒的」』まさにおっしゃる通りだと思います。
正直その時はもう夢中だったので、その時の歌声がどうだったとか、
音声を記録した訳じゃないので、もう忘れているんですよ。
終わってみればあっという間だったし、興奮しているだけで、意外と記憶には残らなかったというか。
でも、その後何気なく聴いてて、ふとした時に、「生」を思い出すんですね。
これは、やはり一度でも「生」を経験しないことには、絶対に得られない瞬間ですよね。
やはり、「それ以前」と、「それ以後」なのです。

投稿: brix | 2013/11/24 21:55

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