2008年10月の記事
2008/10/26
2008/10/22
2008/10/19
秋秋阿房自動車
週末を控え、天気予報を見ると晴マークがひとつだけ。
「絶好のお出かけ日和です」とある。
これはお出かけしないわけにはいかないが、特に行きたいところもない。
しかし来週末晴れるとは限らないし、天気予報がわざわざお出かけ日和であることを保証しているのだから、今日お出かけしなければならない。
半ば強迫観念に後押しされつつ、土曜の朝、早々に家を出た。
とりあえず、西に向かう。
この辺りは富山・長野・群馬いずれの県にも入りやすいのだが、ルートがそう多くはなく、単純な往復ではなく、周遊コースを採ろうとするとそれほど選択肢は多くはない。
そういうわけで、これまでも何度か辿ったことのある、糸魚川~長野コースをゆくことにした。
Diana+ /KONICAMINOLTA TOPVALU400
ここは能生(のう)という小さな漁港のある街。
旧町役場にクルマを停めて、昔の北陸街道の名残と思われる街並みを歩く。
朝の光の中、人々それぞれの休日が始まっている。
橋を渡って行ける弁天岩の辺りでは、夏に海上花火大会が行われる。
特にどうということはないと言えばそれまでだが、こういうところでクルマを停めて歩くのが最近楽しい。
人でごった返している観光地や道の駅よりも魅力的だ。
財布に小銭が数百円しか入っていなかったので、糸魚川でお金を下ろして、R148へ入る。
途中国道を外れて白馬温泉の方へ降りて行くと、この先通り抜け不可とのこと。
地図にはその先の葛葉峠に「道100選」とあるのだが残念だ。
ところで上の写真の車の後方の標識をよーく見ると…、
なかなかのものである。
スリップと雪崩と落石に注意しつつ、この先の急勾配とクネクネ道を走らなければならない。
これでは通年通行止めになるのも分からなくもない。
引き返し、平岩駅という小駅に立ち寄ってみる。
ローカル線の無人駅というのも気軽に立ち入ることができて休憩にはちょうどよい。
ちょうど、旧国鉄色に塗られた気動車が一両、入線してくるところだった。
そこは、Zeissでパチリ。
ということで、その写真はまだ現像から上がってこないので見られない。
昼食をとろうと、道の駅小谷に寄ってみるが、混んでいる。
おこわ好きとして名高い僕としては、山菜おこわでもパック詰めで売っていないかなと期待したが、ない。
食べたいものも特になく、さっさと出る。
また、国道を逸れる。
すると、青鬼(あおに)という集落に行き着いた。
またしてもこの先行き止まりとのことだったので、適当な空き地にクルマを停め、散策してみる。
気温は20℃以上あり、外を歩くときには半袖で十分だ。それでも歩けば汗ばむ陽気。
日差しも強く、天気がいいのはいいが、日差しで疲れてしまう天気だ。
後で、というか今これを書いているときに調べて知ったのだが、この青鬼という集落は、それなりに名の通ったところで、長野県農地整備課によれば、重要伝統的建造物群なんだそうだ。
そんなことならもっとしっかり見てくるのだったが、昨日は集落の外で秋の風景を見てきただけだった。
もともと国道から逸れて、わき道から小集落に入ってゆくというのは、白看や旧橋などを探していた頃に身についた習性であった。
しかし、当時ほどそれらを野心的に探さなくなった今でも、その先でたまたま見つける風景には飽きることがない。
国道のバイパスから隠れるようにある集落の姿は、バイパスを突っ切って走っていたのでは決して見られない。
知らずにバイパスを通り過ぎてきたこのような集落は、これまでにも無数にあるだろうが、それぞれひとつひとつが似ているようで違う風情を持っているはずだ。
白馬からr31、r33を経由し混雑する長野市街へ。
この辺りからはすっかり新鮮味が無くなってしまうので、疲れてきたこともあり、R18でびゃっと新潟県境を目指す。
しかしその途中、北国街道を示す看板があったので、そちらへまたしても逸れてみた。
野焼きの匂いがなんとも懐かしい。
今ではあまり褒められたことではない野焼きだが、どういうわけかこれほど秋の夕方を思い起こさせるものもない。
実際に自分が小さい頃にこの匂いを秋の夕方に嗅いだ経験からそういうイメージが引き起こされるのか、それとも現実の経験とは別なところで学んだ情緒的なイメージなのか、今では判別がつかなくなっているが、とにかく懐かしい匂いだ。
去年も今頃、似たような記事を書いているが、やはり秋は好きな季節だ。
ざっと250kmの行程なりけり。
2008/10/17
あまのはら ふりさけみれば かすがなる
みかさのやまに いでしつきかも 安倍仲麻呂
僕はテレビを持っていないので、仕事の後、職場でゆっくり時間をかけて新聞を読むことにしている。
主要な情報源をネットに頼るようになって久しいが、それだけでは能動的に知ろうとする情報しか入ってこないので、かなり危うい。
ある程度は受動的にもたらされる情報も大切である。
今日はいつも読んでいるY新聞が他の人に読まれていたので、滅多に読まないA新聞を手に取った。
読み慣れない紙面に、ある読者からの投稿記事が目に留まった。
記事は認知症も進行しつつあり、記憶も覚束なくなった寝たきりの母を介護する娘からのもの。
普段イライラし、入所先にもあたるようになっている母に向かって、冒頭の歌の上の句を言ったところ、母は間髪を入れず、下の句を返したという。
そのときの母の様子が嬉しそうだったか楽しそうだったか、今日読んだ記事なのに既に僕の記憶も覚束なくなっているので、確かではないがそんな感じの内容だったと思う。
ああ、これだ。と思った。
むかーしむかしの大昔の日本の人がいいなあ、と思って詠んだ歌を、
むかーしむかしの人がいいなあ、と思って百人一首に採り、
むかしの人たちが、いいよね、と詠み伝え、
応仁の戦争の中でも、いいよね、となお詠み伝え、
世の中ががらっと変わって、いいよね、という感覚が少しずつ変っていっても、なお身近なものであり続け、
昭和の戦争の後、中国から引き揚げてきたという記事のお母さんにとっても身近なものであり、
お母さんに育てられた娘さんも、その歌の上の句を日常のなかで口にすることができ、
そんな内容の投稿を新聞社は採用し、
一日の仕事を終えた僕の目にたまたま留まり、
その一方では、むかーしむかしにこの歌を百人一首に採った人の子孫が、それほど人に知られることもなく、静かに今日でも日本のどこかで歌を詠み続けていて、
さらにその一方で、この記事を読んだ僕は、いいなあ、と思っている、この、1200年間にも渡って共有しうる感覚の存在や、その系譜の末端に辛うじて自分も繋がっていることをまた、いいなあ、と思う。
ここでは記事のお母さんが、その歌意を理解していたかどうかということは全く問題ではない。
僕は改めて、(たとえ歌意を理解していなくとも)百人一首をそらんじることのできる人たちと、彼らが共有できるものに対して嫉妬を覚える。
そしてどういうわけか、最近世間を振り回している東証株価指数だとかニューヨーク株式市場だとか、そういうものに対して、浅はかな僕は、おごるな、と思うのだ。
2008/10/10
MINI JOHN COOPER WORKS
MINIからカタログが届いた。
去年モデルチェンジした現行型MINIの特別仕様車。
なんだかんだと特別仕様な割には、価格が安い。
もちろん安いというのは相対的な意味であるけれど、普通のクーパーSに比べて3割も高くなっていない。ほー。
まあ、僕のようにクルマについて全く無知な者からしてみれば、どこがどう凄いのかさっぱり分からないけので、単純に最高出力を比べてみる。
kW/ps/rpm 128/175/5500 155/211/6000
もちろん数値の高い方が今回のJOHN COOPER WORKS。
おおー、なんだか速そうだ。これなら僕にもわかりやすい。
重量も変わらないので、やっぱり速そうだ。
と、性能的なことはこのくらいにしておいて、次は見た目。
チリレッドがイメージカラーのようだけど、意外にも定番色も選べるらしい。
これで普通にグリーン+ボンネットストライプだったら、見た目は普通のクーパーSとそう違わないかもしれない。
でも、JCWのブレーキキャリパーは赤くて可愛らしいので、グリーンのボディにはよく映え、クリスマスみたいでおしゃれだ、
まあ、売れるのはイメージカラーのチリレッドだろうけれど、グリーンのほかにもペッパーホワイトの控えめJCWなんかもいいかも知れない。
もう一つ意外なのは、ボンネットストライプがオプションであること。
こんな仕様なら、ペイントにしてしまうくらいの勢いが欲しいところだ。
もともと買う気が全くないので(当然だけれど)、カタログを見る目にも力が入らないが、実際に走っていたらやっぱり目が行くかな。
クラブマンにもJCW仕様があるらしいが、これなら胴長よりもハッチバックで乗りたいところ。
そんな今回のJOHN COOPER WORKSだが、やっぱりインパクトとしては前モデルで販売された、世界限定2,000台(日本で160台)という、MINI COOPER S JCW GP KITの方が圧倒的に大きいなあ。
…と、久しぶりにMINI記事書いたら、クルマにたっぷり乗りたくなってきた。
明日から連休。
明日は雨だけど、その後は秋の行楽日和。


















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