カテゴリー「16.おでかけ」の記事

2014/08/22

ちいさな一人旅(後編)

村上駅で慌てて電車に乗り、さっき乗ってきた線路を新発田駅まで引き返す。
村上で昼食を取り損ねた僕は、新発田駅で昼食を買わなければならない。
駅のコンビニではおにぎりは売り切れ。仕方なく簡単に食べられそうなパンとチョコレートを買い、発車待ちの車両の中で昼食となす。

新発田からは新津まで30分ほど。この区間は初めて乗る。
新津ではわずか1分の乗り換え時間だが、次の列車は同じホームで僕を待っており、難なく乗り換えることができた。
車では何度も来た町も、車窓からはまた違って見える。

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ディーゼルの車内は空いており、のんびり揺られる。
次の津川で1時間ほど時間をもてあませば、日帰り一人旅ももう終わる。
そう思うと少しさびしくなってくるが、津川までの磐越西線も、実は初めて乗る区間だ。
阿賀野川沿いをさかのぼる、とてもきれいな路線だ。

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線路に沿って走る国道49号線は例によって何度も通っているのだが、線路は初めて。
電車好きだった子どもの頃の僕には叱られそうだが、いつからか電車に乗って遠くへ行くことはなかなか気合いのいるものになっていた。
新発田駅や坂町駅と同じように、僕も変わったのだろう。
諸行無常なのだ。

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赤い橋が見えてくると、津川に到着する。
津川の街は阿賀野川をはさんで駅の対岸にあるので、街へ行くにはあの赤い橋を渡らなければならない。
車では何度も知らないうちにわたっている橋だが、徒歩で渡るとなるとなかなか長そうだ。しかも外はとても暑い。
津川駅に着くと、一緒に降りた乗客たちは皆迎えの車に乗り込み、さっと行ってしまった。僕はひとり残され、橋を渡る。

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橋からの眺めはきれいだが、川を見下ろすと何かを落としそうで怖い。
少々足がすくむ。
ここ津川でやることは、街はずれにあるというお菓子屋さんへ行ってお土産を買うことだ。

時刻は15時。暑い。
道路の橋のわずかな日陰をたどりながら、とぼとぼ街を目指す。
いろんなお店を覗きながら地元の人と交流して…、なんてのを想像していたのだが、この炎暑のなか、人はほとんど歩いておらず、お店も開いているのか閉まっているのかよくわからない。
途中で荷物を下ろし、地図をみる。
汗が止まらない。
だいぶ進んだかと思ったが、まだ半分くらいだった。
帰りの時間を考えると、時間的余裕も多くはない。

しばらく無心で歩くと、件のお菓子屋さんが見えてきた。
中に入ると涼しいが、僕の汗は止まらず、疲れた声でお勧めのお菓子なんかを聞いたものだから、お店の人は何者かと思ったかもしれない。
帰りの列車時刻を聞いて、さりげなく旅人であることをアピールしておく。
本懐を遂げた僕は、今来た道を引き返し、駅を目指す。
帰り道は早く感じられ、時間にも余裕ができ、シャッターを切る頻度も行きよりも増えた。
駅に着くとまたしても汗がどっと流れ、自販機でかったファンタグレープを一気に飲み干す。

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帰りの列車は会津若松発の新津行き。
冷えた車内が心地よい。
新津で乗り換え、新潟着は17時半くらい。
ちょうど出勤の時間に家を出て、就業時刻頃に新潟へ戻ってきたことになる。
実に手ごろで、旅気分を満喫できるプランであり、このプランを考えた僕はなかなか気が利いている。

結局リュックに入れていった「ちいさな城下町」は一度も開かずにただの荷物になった。
けれどもこの本は、こうして僕を何年かぶりの鉄道による一人旅に導いた。
きっと僕の大事な一冊になるのだろう。

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2014/08/18

ちいさな一人旅(前篇)

久しぶりに書いてみようと思う。

安西水丸の「ちいさな城下町」という本を読んだ。
一見どうということもない、地味な城下町を、どうということもなくめぐる本だ。

ところで、僕には「お盆休み」というものはなく、夏季に5日間の休みが与えられる。
先週はずっと出勤し、今日と明日を休みに充てたので、暇ができた。
妻は仕事でいない。
お盆休みも開けた平日に、ぽっかりできたひとりの休日、思い立ってひとりで電車に乗って出かけてみた。

今朝、天気予報を入念にチェックすると、午前は雨から次第に曇りになるとの予報。
日差しも強すぎず、気温も暑すぎず、明日も休日という心の余裕、出かけるのはやはり今日しかない。
いつもの出勤時刻とほぼ同じ頃、家を出る。
久しぶりにフィルムのライカも持ち出した。

雨の中を走るバスに、連休明けのためか、元気ない顔が停留所ごとに乗り込んでくる。
新潟駅に着き、自販機で「えちごワンデーパス」というエリア限定の鈍行フリー切符を買う。
新潟駅は現在大改修中で、目的の8番線があらぬところに移動している。
大量の通勤、通学客に逆行し、村上行きに乗り込む。
皆は仕事、学校。しかも連休明け。僕は休み、しかも連休中。
乗り込んだ車内は空いていて、窓の外は雨が降り続く。

新発田を通過する。駅前はきれいに整備され、すぐそばには立派な県立病院が建っていた。
子どもの頃、家族でのドライブの途中で新発田駅に立ち寄り、改札の外から駅弁屋さんを呼んで駅弁を買ってもらったことを覚えている。
おそらく「コシヒカリ弁当」とかいう名前の地味な幕の内だったと思うが、お客もおらず、時間が遅かったこともあり、その時の新発田駅はひどく淋しい印象だった。季節は覚えていない。
今は立ち売りの駅弁屋さんの姿はどこにも見えず、昼間眺める今の新発田駅の印象はすっかり変わっていた。
僕と新発田駅とを繋ぐものは、何もなくなった。

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少し陽が差してきた。
平日の閑散とした電車は、淡々と、面白くなさそうに走る。

坂町という駅に着く。
この駅からは米坂線が分岐しており、鉄道で新潟から山形へ帰省する際にはここで進路を変え、米沢へ向かう。
この坂町には、昔構内に転車台とそれに続く扇形機関庫が残っていて、この駅を通るたびに目を凝らしてその姿を確認していた。
新発田駅で駅弁を買った日もここに立ち寄り、写るはずもないカメラを暗がりの中のそれらへ向けていたかもしれない。
今日、それらは跡形もなくなっていた。

10:03村上着。雨は上がっている。
陽が差し、観光客の姿も見え、さあ着いたぞ!と気分も盛り上がる。
村上では約2時間半とってある。我ながらうまいスケジューリングだ。
盛り上がってはみたものの、行くあてはない。

駅前で獅子舞が乱舞している。
お囃子など周辺の人たちは、獅子舞からやや距離をとり、ちんまりとテントの下でやっているので、獅子舞には失礼だが猿回しのようにも見える。

計画通り、やみくもに歩く。
村上といえば町屋なので、町屋の写真を撮り歩く。
昔からのオンボロ町屋、最近建て替えたらしい新築町屋など様々ある。
やはり町屋は格好いい。
やみくもに歩いた結果、遠くに立派な建物が見えてきた。
観光的にありがたい施設に違いないのでそちらに足を向ける。
暑くて汗が流れる。
立派な建物は、民家だった。
おや案内板があるぞと近寄ってみれば、それはごみステーションだった。
しかし、やみくもに歩くことが目的であるため、士気が落ちることもなく、なおもやみくもに歩いた結果、市役所に着いた。

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村上には大学時代に一緒にバンドをやっていた友達が家を建てて住んでいる。
急きょ彼女の新築の家にお邪魔することにして、車で迎えに来てもらった。
久しぶりに会う彼女は、新発田駅や坂町駅とは違って、何も変わっていなかったように見えた。

結局村上では、町屋の写真をぱらぱら撮って、やみくもに歩いて、市役所のロビーで涼んで、友人宅を拝見し、あわてて駅に戻り、終わった。
何もやることのない旅としては、少々詰め込みすぎたくらいだ。

空腹のまま、また鈍行に乗り、次は津川を目指す。

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2013/11/18

ポール以前、マッカートニー以後

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ポール・マッカートニーが日本へ来るというので、当然見に行った。
当然とは言うものの、見に行くにはチケットが必要で、そのチケットは抽選だった。
はじめは東京公演に応募した。
厳正なる抽選の結果、「残念ながらチケットをご用意することはできませんでした」というメールが来た。
まあ仕方がない。
次に最終先行予約というやつで、もう一度東京公演に応募した。
再度前回と同じ内容のメールが来た。
残念だが仕方がない。ネット上ではファンのブログなどで当選の報告が見られるようになった。
もともと、前回日本に来た時には、実際に見に行ける人は極限られた人で、自分がそのなかに入るという現実感というものが全くなかった。
今回もたまたま応募しただけで、実際に行けるという期待感は、宝くじを買うのと似て、薄かった。

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その後、大阪公演も決まったという。
応募するのは簡単なのでこちらも応募した。
結果は同様。
さすがに3度目となると悔しい。
就職の選考に漏れたときにも何度となく受け取ったが、この落選のお知らせというものは、当事者の切迫感と比べてあまりにも温度差があり、何とも冷たい。
まあ、この手のお知らせは事実のみを伝えれば用は足りるのであって、変に温かい文体でも不自然ではあるのだが。
ただ、こちらも悔しいとなると、チケットを手にした人に対して嫉妬心も生まれてくる。
しかし、もし本当に手に入れたいのであれば、方法は他にもたくさんある。
エクストラの料金を払い、チケットと宿泊がセットになったツアーも用意されている。
日々のこまめな情報収集を行い、他のプレイガイド、ポール公式HPなどから応募する方法を探すこともできたはずだ。
ファンクラブに入り、そっち経由の方法もあるだろう。
要は、僕の努力が足りなかったというだけだ。

そんななか、一緒に応募していた友人が大阪公演に当たった。
これはもう、幸運というほかなかった。
こうして、僕が14歳の時にビートルズと出会い、好きになって以来20年目という節目に、ありがたいことに、本当に幸運なことに、ポール・マッカートニーを実際に体感できることになった。

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「百聞は一見に如かず」
「聞」ということに関しては、この20年間、ほとんど毎日彼の声は耳に入れてきたはずである。
毎日というのが大袈裟なら、5日に4日は聞いている。
すると、365日×20年×4/5=5,840日は聞いている計算になる。
「見」ということに関しても、今でこそYouTubeという信じられないほど便利なものがあるが、昔はビデオに撮ったなんかの特番やライブの同じ場面を、何度も何度も繰り返し見たものだ。

しかし、過去の自分には誠に申し訳ないが、実際に「体感」するのは、「百聞」も「一見」も遥かに超えていた。
S席とは言えステージは遥かに遠かった。
肉眼ではポールの表情を読み取ることはできない。
だが、それでもポールは同じ会場にいて歌い、ヘフナー・500/1ベースを、ギブソン・レスポールを、エピフォン・カジノを弾き、我々に向かって語りかけたのだ。

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世界中に無数にいる一ファンのありがちな思いに過ぎないが、この体験は自分の人生のなかの大きな画期のひとつであり、あまりにも幸福な時間のひとつであることは間違いなく、平成25年11月12日を境に、それ以後の僕は、「ポール後」の僕になってしまったのである。

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2013/11/10

ポール・マッカートニー!

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いよいよポールが来日!
さあさあ、明後日は大阪だ!!
日常の様々に埋もれて実感がないまま、まだ先だと思っていたその日はもうすぐそこに。
もし直接会ってしまったらどうしようと、いらぬ心配。
(その時のために、一応ヘフナーのピックガードは隠し持っていく)

これまでいくつもの場面で僕を変え、僕をひっぱってきたビートルズ。
その一員であった彼を、ついに直接見て、聴いて、体感する12日夜を境に、確実に僕はまた変わるだろう。

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2012/10/21

快速独逸阿房列車 その3

快速阿房列車第3回目。
4日目から5日目のベルリンを辿る。

平成24年9月18日火曜日。
バンベルクを昼前のICEで発ち、いよいよドイツ連邦共和国の首都、ベルリンに向かう。
ベルリンまではおよそ4時間ほどの長旅である。

この列車では前回のドイツ旅行ではできなかったあることを実行することにする。
それは、車内でのお食事。
前回はビュッフェでおやつは食べたけれど、食事まではできなかった。
日本ではほぼ全滅した食堂車。是非体験したい。
ところが、座った座席はちょうどコンパートメントで、折りたたみのテーブルまである。
どうやら座席で注文すればこの場で食事がとれるらしい。
そこで、若くて愛想のいい車掌さんにメニューを持ってきてもらい、この場でいただくことにする。

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メニューを見てもよくわからないので、大体の大きさを聞いて、推測で注文。
注文を取るのも、配膳するのも車掌さんの仕事。なかなか忙しい。
でてきたのは大量のサラダと豆料理。チリコンカンとかいうやつ。
十分な量で、満足する。

さて、先は長い。ドイツの沿線風景は、日本のような起伏に乏しく、はっきり言えばつまらない。

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農家の庭先の椅子におじさんが座っている。
草原の中の一本道を歩いている男がいる。
どこに向かっているのか、その先で何をしに行くのか全く想像もつかない。
明るい、平和な、けだるい昼下がりの景色が続く。
その眠くなるような景色の中に、僕が名前も知らない、僕のことなんて想像にも出てこないような、全くの他人の一生が存在している。
そんなことをぼおっと思いながら、引き続きビールを飲みながら牧場の牛や人を眺める。

夕方、ベルリンに着く。
陽は傾きつつあるが、まだ十分に高い。
とりあえず、街の中心部にある、アレクサンダー広場というところを目指してみる。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

ベルリンはさすがに首都だけあって、賑やかだ。
のんびりした南ドイツとは大分雰囲気も違う。
ごちゃごちゃと、いろんな人や物が混じり合っている。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

我々はというと、例によってまずはじめにインフォメーションセンターを探すが、見当たらない。
どうも駅周辺は大規模な工事中で、あっちこっち道を掘り返していて、持参したガイドの地図とは既に違っているようだった。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

結局、市内地図は1ユーロで買うしかなかった。
ところで、ベルリンでは自転車がとても多く、ぶんぶん飛ばすクルマに混じってみんな乗っている。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /ベルリン市街

ドイツの田舎から北上してきた我々は、ベルリンの雰囲気にはにわかに馴染めず、目の前の人やクルマを眺めるだけ。
日も暮れてきた。
我々は、本格的な市内観光は明日に始めることにして、近郊電車で20分ほどかかる宿に向かうことにした。
翌日は、ベルリンと言えばの、壁を見に行く予定だ。

宿は駅からけっこう離れていて、チェックインの頃には既に暗くなっていた。

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2012/10/10

快速独逸阿房列車 その2

快速独逸阿房列車第2回目。
3日目から4日目のシュツットガルトからバンベルクまでを辿る。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /シュツットガルト中央駅


平成24年9月17日月曜日。
シュツットガルト中央駅発10:07のICEに乗り、ニュルンベルクで別のICEに乗り換え、バンベルク中央駅着は13:52。
とりあえず観光案内所で地図を手に入れるところから始めなければならない。
見渡すと、それらしき小屋があり、窓口から男が身を乗り出して外を眺めている。
暇をもてあまし、観光客を今か今かと待ち受けている様子にも見える。
「アロッ、地図ありますか?」
「ノーッ!」
そう言って男は自信満々の態度で別の方向を指差す。
…。
なんだよ。無いのかよ。
どうやらそこは観光客向けのインフォメーションセンターではなかったらしい。
初めてやってくる観光客に誤解を与えるような態度は厳に慎んで頂きたい。

宿のチェックインにはまだ早かったが、チェックインさせてもらって荷物を下ろす。
さあ、いよいよ街歩きだ。
シュツットガルトでは兄夫婦が一緒だったので何でもやってもらえたが、我々の旅はここからが本番といえる。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /バンベルク市街

バンベルクの街は古く、旧市街には中世の建物が現存する。
僕の頭の中には、本で見た、丘らしき高台からベンガラ色の屋根が折り重なるような旧市街を見下ろした写真が印象に残っており、その場所を目指し、坂を上ってゆく。
その本は、前回ドイツに行くときに購入した、世界遺産を紹介する薄い静かな本だった。

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それほど広くない旧市街に、目的の場所を見つけるのに時間はそうかからなかった。
まさに、ここだ。

翌朝8時頃、散歩に出かける。
外は寒く、吐く息が白い。

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ドイツでは極力ひとつの街に2泊連泊するようなスケジュールにしていたけれど、ここではその後の日程の都合から、1泊しかできない。
それほど注目を集める見所がある訳でもないが、名残惜しい。

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ここバンベルクも、前回訪れたシュパイヤという街も、さっきの世界遺産を紹介する本で見つけた街だ。
おいしい料理を紹介するでも、名産を紹介するでもなく、淡々と街並みを紹介するだけの本だけど、バンベルクもシュパイヤも、とてもい印象だ。
この本の紹介する場所に、間違いはないようだ。
間違いがないというよりも、我々の好みに合っているというだけなのだろうけれど。

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世間さまは火曜日の朝。
みんな出勤だ。

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お店も開店の支度。

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そんな平日のさなか、我々は旅を続ける。
これを書いている今は日常の真っただ中だが、バンベルクにいた当時そこにあった非日常は、まだまだ続いた。

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2012/10/06

快速独逸阿房列車 その1

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /フランクフルト国際空港駅

前回の独逸阿房列車はそのあまりの低速ぶりから発車後3年かかってもいまだ目的地には達せず、後続列車の追突の恐れから運行を中止し、再開の目処は全く立っていない。
その前回の反省から、今回の阿房列車は快速運行とすることが決まった。

その第一回目は、1日目から2日目までの成田~シュツットガルトまでを辿る。
快速で。

平成24年9月15日土曜日。
午前のANAでフランクフルト国際空港へ。
片道約12時間の長旅だ。
ドイツのでの列車は前回と同様1等車にふんぞり返るのだが、不慣れな空の旅となれば3等の小さな座席で大人しくせざるを得ない。
前回も書いたが、僕は窓から見える地上の眺めが大好きで、眺め続けて飽きることがない。

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左は福島県と新潟県の県境にある奥只見湖。
右は佐渡島。

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大陸の上空に至ると、それはもう摩訶不思議な地形が多く見られるようになってくる。
左は複雑に入り組んだ川?凍土?右はアコギ湖。

とにかく眺めは楽しいし、機内食はおいしいし、飛行機は勝手に飛んでくれるし、まあ座席が狭いのは辛いけど、僕に不満はない。
もちろんこれは幸い窓際の席が取れたからだけど。
フランクフルトについても同じ日の夕方。まだ陽は高い。
今回の最初の目的地は兄の住むシュツットガルト。
ポルシェとメルセデスの本社のある街だ。

翌日、兄に連れられ、クルマでポルシェの本拠地へ乗り込む。

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D-LUX3 /ポルシェミュージアム

兄はもう何度も足を運んだであろうポルシェ博物館。
ここでポルシェの歴史のうわべだけをさくっとなぞる。

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本社工場&ショールーム。
日曜なのに開いていたので、遠慮なく冷やかさせていただく。
広大なその中は、当然だけどあっちもポルシェ、こっちもポルシェ。
新潟のディーラーには2台しかないのに。
こんなにたくさん置いてあるんだから、僕にも買えるのが1台くらいあるんじゃないかという気になってくる。
ちょうどカッコいいのが数台いたので、お土産に3台ほど包んでもらおうと思ったけれど、財布には50ユーロ程しかなかったので断念。

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M2 /DR Summicron 50mmF2 /シュツットガルト市街

午後は電車で市街のマーケットへ。
ちょうど年に2回の大規模なフリーマーケットをやっていて、古物商やら一般人やらが皆店開きしてごった返している。
ちなみに兄はここで中古の歩行者用信号機を買っている

スリに気をつけながらM2で写真を撮っていると、古道具を売っていたお兄さんがちょっとちょっと、という感じで寄ってきて、なんか喋る。
ちょっとカメラ見せて、と言っているらしい。
盗られるのかと思った…。
とりあえずなんて言ってよいのかわからないので「エムトゥー!」と言っておく。

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D-LUX3 /シュツットガルト市街

しばらくしてまた別な爺ちゃんがM2を指差して話しかけてくる。
完全にドイツ語で独り言のように喋るだけ喋ると、満足そうに去っていった。
ドイツといえども、ライカに興味を示すのは古道具屋、年寄りと圧倒的にマイノリティなのである。
カメラを持ち歩いている観光客はとても多いが、そのほとんどはキヤノンかナイコン。
とくにEOSは売れてるんだなあ!!という印象。
あっちもEOS、そっちもEOS、あ、こっちはニコンだ。って感じだ。
オリンパスらしきミラーレスはドイツでも女の子に人気の様子。
マニアックなやつはペンタックスとか。

夜は肉をたくさん食べて満足し、翌日は次の目的地、バンベルクを目指す。

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2012/09/14

独逸阿房列車運行中止のお知らせ。

3年前から細々と運行を続けており、最近ではほぼ停止状態だった独逸阿房列車は、後続列車からの追突の恐れが生じたため、運行を取りやめることとなりました。

後続列車は、明日運行開始予定です。

という訳で、再びドイツへ行ってきます。
僕のM2は1962年製なので、ビートルズと同じく、今年はちょうど50周年記念になります。
M2、50歳にして里帰り。

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2012/05/12

さくら

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Minoltacord Automat /Rokkor75mmF3.5 /新潟県新潟市

鳥屋野潟公園の、さくらの木。

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2012/02/05

道グズグズ。

今回の大雪で、新潟市内にも例年以上の雪が積もった。

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都会の人は「にいがた」「えちご」と聞くと、北越雪譜のような雪に閉ざされた世界を想像しがちかもしれないが、あれは新潟県中越地方の山間部のお話。
新潟市内の雪はいつも全く物足りないほど。
それが今回は、結構降った。

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幹線道路は除雪されたが、僕の家の近所は細かい住宅地になっており、なかなか除雪車はやってこない。
湿った雪はグズグズに崩れ、轍が深く刻まれ、クルマがロクに進めない。
細い路地ではスタックするクルマがあちこちに…。

今日は午前中日帰り温泉に出かけ、なんとか立ち往生せずに帰ってきたけれど、車高の低いMINIは、除雪されていない路地ではラッセル車状態。
しかも帰り道では、除雪車が道を塞ぎながら奮闘中で、他の路地を迂回する羽目に。
ハンドルは笑ってしまうくらいとられ、何かのアトラクションのよう。
いつもなら5分足らずの道のりに、30分ほどもかかってしまった。

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前を走るおばちゃんがスタックしたのを掘り出し、家の前でおじちゃんがスタックしたのを後押しし、ちょいと家の前の雪かきをし、ちょっと体が痛い。
一昨年まで上越に住んでいた頃は、ハードな雪かきなんか毎晩だったけれど、新潟に越してきて以来、雪に弱くなってしまったのかも知れない。

雪の多い地域ほど除雪は行き届いているので、こういうそれほど雪に慣れていない街中の道の方が始末が悪い。

今も遠くでスタックから脱出を試みるクルマのエンジンの音が聞こえる。

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