2008/07/15

チマチマと覗く。

週末、この前現像に出したフィルムを取りに行った。
このワクワク感、久しぶりだ。
さすがにAE機なので全部黒く潰れていた…、なんてことはなかったが、これまでのように一段マイナス補正を基本に撮ってみていたので、結果は全体にアンダー。

ところで、ネガにしろポジにしろ、光に透かしてフィルムを覗き込むと、そこに笑顔がたくさん写っていても、犬が写っていても、オバサンが写っていても、街中の喧騒が写っていても、全くの無音の世界を覗いているような感覚に陥る。
例えば僕の場合、本を読んでいると頭の中に、無意識のうちに音読している「誰かの声」が聞こえてくるものだが、フィルムを眺めていても、その「声」は聞こえない。
こんな感覚は他の人と共有できるものなのか、僕だけなのか、聞いてみたことがないからわからないけれど、少なくとも僕の場合、そうなのだ。

子供の頃、ネガフィルムを眺めると、そこに写っている海水浴などの楽しい風景とは裏腹に、そんな無音感や、反転した絵が気味悪く思えたことなどから、なんとも言えない淋しさを感じた。
にわかにフィルムを使い出して、調子に乗ってカッコよさげなことを言うつもりはないのだけれど、こういったちょっと淋しい写真の「過去感」は、デジタルに比べフィルムの方がはるかに強烈な気はする。

L1080247_800 

…なーんて思いながら天井の蛍光灯や窓ガラスに向かってフィルムをかざすのも疲れるので、お手頃なビュワーを買ってみた。
こんな単純そうに見える仕掛けの光る板きれでも、高いものはなかなか高い。
なので、小さくて薄いやつを。

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まるで万華鏡を覗くような楽しさ。
絵の裏から光を当てて見るなんて、これまでPCの大きなモニター上でさんざんやってきたことなのに、小さなコマを小さなルーペでチマチマと見るこんなやり方がとても新鮮。
なんというか、子供の頃、部屋は広いのに壁と机の間とか、箱のなかとか、そういう狭いところが心地よかったのと同じような感覚だ。

こんな例え、伝わるかわからないけれど。

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2008/07/10

はじめの36枚。

さる日曜日、早速ツァイスイコンを手に出かけた。
まずはフィルムを買わなければならない。
既にイオンで3本100円で投売りされていた消費期限間近のフィルムが手元にはたくさんあるのだが、その後、リバーサルに興味を持ち、持ったからにはまずはネガフィルムを使い切ってから…、などと悠長なことは言っていられない。

このご時世だ、フィルムの販売情勢は非常に悪化していると思われる。
都市部ではまだしも、専門店の少ない地方なんかではかなり厳しい状況なのではなかろうか。
ということで、市内最大と思われる全国チェーンのカメラ屋へ行く。
それでも客はまばら。
もうカメラはカメラ屋ではなく、家電量販店で買うもの。
淋しい店内の、さらに淋しい奥のほうの写真用品コーナーに、ひっそりとリバーサルフィルムは売られていた。
お目当てのセンシアやトレビなんかのお手頃なやつはなく、ベルビアしかない。
しかも36枚のみ。
仕方ないので、ベルビア100Fを買う。
安いお店なら512Mくらいのメモリーカードが買えてしまいそうな値段だ。

海の方へ行き、駐車場に停めたクルマの中で初めてのフィルム装填。
フィルムの装填なんて何年ぶりだろう?
手間取い、汗をかきつつ何とか入れ終え、巻き上げる。
昔使ったカメラは自動巻きだったので、手巻きの感触は初めて(まあ、〝写るんです〟は手巻きだけれど)。
新しいカメラであること、カメラが今までよりも大きいこと、見た目もカメラカメラしたカメラであることなどから内心緊張し、気恥ずかしさも感じつつも、慣れた風をよそおっててくてく歩く。

ファインダーが非常に評判のこのカメラ、確かにピント合わせは難しくはない。
ただ、ちょっと視線がずれると、中央のフォーカスフレームが姿を消してしまう。
ファインダー左側に表示されるシャッター速度の華奢な文字も、見失うことがある。
僕の視力の問題もあるのかもしれないが、この辺りがちょっと戸惑うところ。
50mmのブライトフレームは35mmに比べて小さいかなと気がかりだったが、全く気にならない。
しばしばシャッターが下りない。
その度にフィルムを巻き上げていないことに気づく。
操作に慣れてくると、シャッターを切って、巻き上げて、ファインダーを覗いて、という一連の操作にリズムが出てくる。
何十年も昔からの撮影のスタイルなのだろうが、自動巻きやデジカメになれた僕にはとても新鮮で楽しい動作だ。

撮り惜しみをわけではないけど、36枚はちょっと多い。
24枚が一回分としてはちょうどいい。
現像からあがって来た24コマのフィルムに、そのときの時間の流れが感じられるようなリズムのある写真が撮れたらいいなぁ、と思う。

今回、実際に撮影した画像をここに載せられないタイムラグも、フィルムならでは、いとをかし、である。
現像からあがってきても、違う意味で載せられないかもしれないけど…。

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2008/07/05

Can I make it visible?

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デジタルカメラを使い始めてから早6年。
そのあまりの便利さに、この先フィルムカメラを使うなんて全く考えられないと固く確信していました。
もはや35mmフィルムが存在しなくなっても、僕には直接には何の影響もないだろうとすら思っていました。

ところで、僕はいつかは「ホンモノの」ライカを使ってみたいと思っていますので、いろんなそれ系の本は読んでいたのですが、どうもレンジファインダーカメラというものがどのようなカメラなのか、なかなかピンと来ません。
R・Fカメラを試しに手にしてみたいとは思えども、ライカM8なんて全く雲の上の話だし、他のものは皆フィルムカメラです(エプソンのデジタルは見た目的に…)。
タダでさえ敷居の高くなったフィルムカメラで、ましてやよくわからないマニュアルのR・Fなんてあまりに無謀に思え、まあ、手を出すきっかけなど全く訪れることはありませんでした。

ところが先日、たまたまある雑誌に、現行フィルムカメラカタログという記事があり、僕はそれを寝転がりながら、もう趣味性の高いやつが数えるほどしか残ってないんだねえ…、淋しくなったもんだ…、なんて眺めていたのでした。
すると、このR・Fカメラに目が留まりました。
おっ、日本製のツァイスだ…。
こんなのあるんだ…。
ライカよりはお手ごろだ…。

…いやいやでもでも、これを買うなんてやっぱり現実的ではありません。
素直にデジタル一眼レフカメラ本体とズームレンズ数本買った方がどれだけいろいろできるか…。
しかし、僕はどうしてもデジタル一眼レフカメラには抵抗があります。
なんかこう、何でも出来すぎるというか、なんというか…。
何でも出来ればいいというものでもないような気もします。
あまりにデジイチが普及し、書店のカメラ本コーナーには、「初心者でも簡単デジタル一眼レフ!」みたいな本が溢れかえっていることへの反抗心も、もしかしたらあるのかも知れません。
とは思いつつも、やはりデジタル一眼レフカメラは常に気になる存在でした。

また、いつもデジタル写真をプリントしようと思いつつ、結局はHDに溜め込んでしまっていることも気になっていました。
これは自分の怠惰のせいで、デジカメが悪い訳では決してないのですが、いつの間にか写真はPCやTVのモニターで見るものになっていました。
旅行の後やデートの後、早く写真が見たくて真っ先に写真屋へ足を運び、仕上がり時刻を首を長くして待つ。
仕上がり時刻ちょうどに行くのはなんだか気恥ずかしいので、我慢してちょっとだけ遅れて取りに行き、出来上がった写真をワクワクしながら、サービスで貰える紙製の簡易なポケットアルバムに写真を挟んでゆく、そんな高揚感はすっかり過去のものとなっていました。

またまた、雑貨屋的な本屋などで見かけるHOLGAなどのトイカメラも気にはなりつつも、やっぱりフィルムってのに抵抗があり、手は出さずじまいでした。
小学校から大学後半くらいまでは当たり前に使っていたフィルムカメラが、こんなにも抵抗のあるものになってしまっていることに改めて気づかされ、なんとなく寂しい気持ちにもなりました。

またまたまた、D-LUX3のデザインは見込みどおり全く飽きることはなく、所有し、写すことは相変わらず楽しいものなのですが、やはり、交換レンズというものがどうしても気になります。
ズームレンズはあまり欲しいと思いませんが、MFの単焦点レンズが気になります。
友人のレンズを触らせてもらったときの、あのフォーカスリングの感触が忘れられなかったというのもあります。
D-LUX3の、ジョイスティックでチマチマとあわせるMFなんかの比ではない気持ちよさがありました。

さらに、先日の写真展というきっかけもありました。

なんか、これまで時間差でぽつぽつと繰り返し現れては消えていたたくさんの「また」が、たまたま目に留まった雑誌の記事によって、一気に集約された気がしました。

―結局、フィルムのレンジファインダーカメラを買うしかないじゃないか。

露出とか写真の基礎をもう一度ちゃんとやっていきたいという気持ちはありますが、それでも楽しく気軽に撮れないことには何も始まりません。
なので僕には露出計は必須です。
予算的にはM6の中古という手もありましたが、今回はライカよりも新品の安心感を選びました。
最後に、職場のカメラ好きの先輩によるデジイチへの誘惑を振り切り、オリンパスを買うシミュレーションをして満足し、このZeiss Ikonを注文したのでした。

ケースやフィルター、アマゾンから買った中古のリバーサルフィルムやフィルムカメラの本(本体66円とか!)など、ばらばらにいろんな店に注文したのが、タイミングよく今日一斉に届き、もう盆と正月とがいっぺんに来たような事態です。

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本体だけだと、ライカに比べかなり無機的な印象の強いボディですが、ケースを組み合わせると、なかなか味のある姿になります。

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フードをつけると、だいぶ重厚な印象のカメラになります。
近年のライカに比べ、かなり軽いボディだそうですが、今までのがD-LUX3ということもあり、随分と大きく、重い印象です。
シャッター音は、ジャキっと歯切れのいい音がします。

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レンズはPlanar T* 50mmF2を選びました。
しばらくは、標準の50mmだけの覚悟で、特にひとの写真を出来るだけ多く撮っていこうと思います。

なぜか、今日はですます調でのお届けでした。

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2008/07/04

フルサイズ?

職場の野球大会で、ヒットが打てていい気分で帰宅し、ビールを飲みながら夕飯の弁当を食べ終え、満ち足りた気分です。

さて、いよいよ明日、35mmフルサイズ?の新たな世界に足を踏み入れます。

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2008/06/26

岩波写眞文庫

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この前新潟市へ行ってきた時に、岩波写真文庫の復刻版を買ってきた。
以前たまたま本屋で見かけ興味を覚えたのだが、そのときはポツポツとしか在庫がなく、買うのを躊躇した。
その後、函入りのセットもあることを知り、今回の購入と相なった。

独特の活字と文章。
当時の雰囲気のまま、忠実に復刻されている(もちろん僕はオリジナルを知っている訳ではないのだが)。
そして、何気ない当時の日常の写真。
紙面に所狭しと並べられた写真は、当然各巻のテーマに沿ったものではあるが、美しい写真や技巧を凝らした写真は1枚もなく、どの巻のどの写真も全く当時の日常を写したものに終始している。
戦争がテーマの巻では、戦争自体が現在非日常ではあるが、当時の日常という意味では、他の巻とやはり同様である。

写真にはそれぞれの役割というものがあるんだろうから、どちらが良いかなんていう問題ではないけれど、僕は絵葉書のようなきれいな風景写真よりも、こういうどうと言うことのないような風景を写したものに強く惹かれる。
「初めて米一俵をせおえた子」
「土曜日の午後の工場事務室」
「中国地方唯一のエスカレーター」
「花売り娘、銀座4丁目で」
など、キャプションも実に素朴で地味。
しかし、何気なく撮られたこれらの写真が、30年、50年と時を経て、この先も計り知れない価値をもってゆくことになるだろう。

そんなことを最近前にも増して実感するようになり、昔はほとんど興味のなかった木村伊兵衛の写真なども、新鮮な目で視れる気がする。

ところで、この赤瀬川原平セレクション、本当は「自動車の話」という巻の含まれる「科学篇」を買おうと思って、手にまで取ったのだが、どこで間違えたのか、帰宅後ジュンク堂の紙袋を開けてみれば、この「社会篇」が入っていたのだった。
「自動車の話」には貴重な当時の道の様子や、旧型標識の写真がたくさん載っていた。
いずれにせよ、こういう類の本は「読まなくとも手元に置いておかなければならない本」であることに間違いないので、既に「科学篇」は注文中である。

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